
復刻版のバンビキャラメル
スキー人口が減り続け、子どもたちのスキー学習や部活の面でも、用具や遠征に金額がかさむスキーは衰退の一途をたどるばかり、というTVニュースを見た。
カイとは直接の関係はないのだけれど、いま北海道のスキー史をたどっている。長い長い前史を経たハイライトは、1961(昭和36)年12月にひらふ(北海道倶知安町)に本格的なリフトが開業してから札幌オリンピック(1972)、そして五輪前後のスキーブームへと至る時代だ。(70年代の最盛期には1700人が参加した小樽天狗山の「小樽小学生アルペンスキー大会」だが、今年の参加は70人あまりだったという)。
60年代のひらふは、山田温泉や鯉川温泉などをベースに、道内外から高校、大学、社会人のスキーチームが次から次へと合宿にやってきた。往事の当事者に話を聞いて納得するのは、スキーが社会にはりめぐらせていた根の深さと広がりだ。地元の倶知安農業高校や倶知安高校のスキー部からはその後のオリンピック選手が何人も育っていったが、彼らは東京の有名私大に推薦で進学し、そのあとは炭鉱や国鉄、自衛隊などに就職していった。中でも全国に名をはせたのは、例えば羽幌炭鉱(北海道留萌炭田)スキー部だ。(ジャンプのコーチは札幌五輪の金メダリスト笠谷幸生の兄笠谷昌生)。羽幌炭鉱の本社ビルは、札幌都心でなお堂々たるたたずまいを残す大五ビル(大通西5丁目)だった。
考えてみればスキー部の遠征には鉄道(国鉄)が欠かせなかったし、花形の蒸気機関車に燃料を供給していたのは北海道の炭鉱群だ。また、そのころ小樽だけでも3つのスキーメーカーがあった。小樽天狗山スキー場のバンビコースは、バンビのブランドで知られた小樽の池田製菓がスキー場のスポンサーを務めたことにちなむものだが、当時バンビキャラメルの空き箱ひとつでリフト1本が乗れた。そのために子どもたちは夏のあいだせっせとバンビキャラメルを買い続けたのだ。なんと賢い販促戦術!
かつてスキーは単なる流行のレジャーにおさまるものではなく、子どもたちの夢から時代の基幹産業までを網羅する分厚い社会体系にほかならなかった。そうした世相の底流を愛おしみながらまさぐることは、トレンドのうわべをなぞるよりもどれほど面白いことだろう。産業遺産について考える場合も、いまそうした地下茎をどこまでていねいにたどることができるかが問われている。また同じ文脈で議論が求められるべきなのが、北海道競馬だろう。そしてクラシック音楽やアートをめぐる議論においても僕たちは、文化を守れ、などと言挙げするだけの底の浅さを充分に自覚しなければならないのだと思う。

私は食通なんかじゃない。
だけど、食べることが好きなので
ときどき、舌がうっとりする機会に恵まれる。
その夜、幸せにしてくれたのはヤリイカのそぎ造り。
包丁を寝かして薄くそぐように切っているので
しっとり滑らか、その上品なこと。
いつも食べられるとは限らないのがいい。

新鮮なので、卵も出してくれた。
プルプル、ねっとり、これも初めての食感。
「透明なのが外子で、乳白色なのが内子。
子どものころ、よく食べたものよ」
隣の席に座った函館育ちの食通が教えてくれた。
喰処飲処「ふじ川」
札幌市中央区南4西4 松岡ビルB1

リスのエビフライ。
リスがマツボックリの種を食べたあと
エビフライみたいになるから
そう呼ばれている。
網走市立郷土博物館を出た坂道に
たくさん落ちていた。
拾ったのを忘れていたのに
昨日、ひょっこり鞄のポケットから出てきた。
なんだか、うれしい。

「鉄路とまちと」の基本は、普通列車の旅だ。
だけど、札幌~起点駅間の移動は、やはり特急にお世話になる。
4月発売予定の次号は、人気の高い釧網本線。
これがまた、なかなかの曲者で、
こちらの都合通りに列車の時刻は組まれていない。
そんなわけで、時刻表と格闘した上で、しぼり出したプランを提出すると
イザの真規ちゃんが「冬の道東Vきっぷ」を手配してくれた。
①札幌→<特急指定席>→釧路→<普通自由席・乗り降り自由>→標茶
②標茶→<普通自由席>→知床斜里 ※Vきっぷには含まれない。
③知床斜里→<普通自由席・乗り降り自由>→網走→<特急指定席>→札幌
その価格を聞いて驚いた。全部で16490円也。えっ?ほんと?
だって、だって、札幌~釧路間のR(指定席往復割引)きっぷが
16400円だよ。いいの?ほんとに、いいの?
で、旅のあれこれは本誌で読んでいただくとして、
チケットを落としたり、荷物を忘れたり、
大ボケ担当は、いつもは矢島ですが…
今回は安田さんの珍しい大ボケをひとつ。
取材も終わりに近づいた網走で、
コーヒーをすすりながら、突然、こんなことを言い出した。
安「ね、このきっぷ(①)、まだ使えるから
誰かにあげたら喜ばれるんじゃない?」
矢「へっ??」(…だって、それ(③だと思ってる)がないと帰れないよ)と
思いながらも念のためチケットを確認する。
矢「や、安田さん、そ、それ(①)で、網走まで来たんですか?」
安「うん。ず~っと、これを出してた」
矢「で、でも、知床斜里で、このきっぷで
ノロッコ号に乗れるか、駅員に確認しましたよね」
安「うん。あの駅員、上司にも確認してたよね…」
もう、笑うしかない!!だいじょうぶか?JR北海道!

1月からの宿題だった、アメリカンソースパスタを作ってみた。
隠れた主役は、まだ、冷凍室に残っていた羽幌産の甘エビの頭。
賞味期限?自分のランチだから、気にしない、気にしない。
材料もトマト、タマネギ、セロリ、ニンジン、
キャベツ、生クリームの代わりに牛乳。
チャッチャッと作りたいから、
いま、冷蔵庫にあるものを使う。
アメリカンソースの正しい作り方は知らない。
でも、たぶん、こんな感じだ。
まず、オリーブオイルで甘エビの頭を冷凍のまま炒め、
白ワインがあればジュッと振りかける。
火が通ったら、キャベツ以外の野菜を鍋に放り込み、
水を加えてコトコト煮込む。
あればトマトピューレを、なければケチャップでも、なんとかなるよ。
粗熱を取ってからミキサーにかけて
ポタージュみたいに滑らかになるようにこす。
それを鍋で再び温め、牛乳、キャベツを加えて
しんなりしたら、コンソメ、塩・コショウで味を調える。
茹でたパスタに、このスープをかけて
パセリを散らせば、はい、はい、できあがり。
ところで、トマト系とクリーム系を混ぜた
海鮮ベースのソースを、なぜアメリカンというのか?
発明したのはシカゴで修行したフランス人シェフらしい。
急に訪れた客のために、海老の殻と野菜で
チャッチャッと作って出したところ絶賛された。
「このソースうまいね。なんていうの?」
客がアメリカ人だったので、シェフはとっさに答えた。
「ア、アメリカンソースでございますっ」
嘘かホントか、わからないけれど…
世の中、そんなもんだと、妙にナットク。